日本の廃墟格付けランキングトップ50(画像)

24.昭和炭鉱

場所:北海道雨竜郡沼田町
日本の廃墟 23.0 1930年に開業した沼田町の炭鉱である。
埋蔵量が2億トンを超えるとされ、国内屈指の有力な炭鉱とされていたが、石炭から石油への移行、安全対策へのコスト増、多くの断層による計画的な採炭の難しさが加わり、1969年に閉山した。
かつては、4000人ほどが炭鉱を中心として生活をしていた。
そこには労働者用アパートや商店街などもあったが、今や全て廃墟と化し、誰も住まなくなった。

商店街の一部

日本の廃墟 23.1
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23.中城高原ホテル

場所:沖縄県中頭群中城村
日本の廃墟 22.0中城高原(なかぐすく)ホテルは、1975年に中城高原内で開業する予定だったホテルである。
周辺にある中城城跡が1955年に重要文化財として登録されたこともあって、中城城跡の管理、運営を行っていた組合が観光客誘致のためにこのホテルを建設しようと考えた。しかし、建設による景観の破壊で重要文化財の取り消しされる可能性もあった。

そこで、場所を城壁外の少し離れた場所に移動することにして、建設を行っていたが、1970年に建設をしていた企業が倒産、また沖縄本土の復帰とともに周辺道路が文化保護区域に含まれるようになったため、建設中止になり、廃墟化した。
ホテルの施設には、プールや遊戯施設を備える他、レストランなども建設されることになっていたという。

22.高子沼グリーンランド

場所:福島県福島市
日本の廃墟 21.01973年に開業した高子沼グリーンランドは当初、県内最大の遊園地であり、ジェットコースター、観覧車のほか、ウサギ園などもあった。
しかし、数多くの死者が出たこと、施設の老朽化もあいまって、1999年に閉鎖した。
展望台では、カップルの心中自殺が発生し、ジェットコースターから落下して死んだ客もいたという。
さらに、オーナーが経営難により、遊園地付近にあるペンションの地下で自殺したなどの情報も流れている。

追記:ただし、死者が出ている件については、ウソである可能性がかなり高い。コメント欄参照

21.友ヶ島

場所:和歌山県和歌山市加太
日本の廃墟 20.4 日本の廃墟 20.3 日本の廃墟 20.5 和歌山市加太港から船で20分の距離にある無人島。
明治時代の中頃から、第二次世界大戦が終わるまで、軍事要塞として、一般人には完全立ち入り禁止だった幻の島である。
その中には、6箇所の砲台を始め、旧陸軍の建築物がほとんど手付かずのまま現存している。
特に島の頂きにある第3砲台跡は見どころで、弾丸庫や弾薬庫などがレンガ積みの地下施設となっていて、非常に興味が尽きない。

20.新潟ロシア村

場所:新潟県阿賀野市
日本の廃墟 19.0 日本の廃墟 19.1 日本の廃墟 19.21993年、ロシアとの文化交流をはかるために開演したテーマパークである。
ロシアの民芸日品や美術工芸品の展示館、木工体験館、動物ふれあい広場、マンモスの骨格標本の展示やアザラシ水族館など様々なアトラクションが話題を呼んだが、メインバンクであった新潟中央銀行の破綻ともに閉園となった。

19.犬島製錬所

場所:岡山県岡山市
日本の廃墟 18.0 日本の廃墟 18.1その名に反してネコが多いことでも有名な犬島にある銅の製錬所である。
1909年に操業を開始し、最盛期には2000人ほどが従業員として働いていた。
しかし、銅の価格が暴落したため、1925年には操業を停止した。
現在は、跡地を利用した美術館として生まれ変わっている

18.幌内炭鉱

場所:北海道三笠市
日本の廃墟 17.0 日本の廃墟 17.1 1879年(明治12年)に開坑した道内最古の炭鉱である。
搬送や換気に用いられる立坑は、日本最大で約1000mもの長さがある。
明治期の近代化から太平洋戦争後の復興期まで、縁の下で日本を支えた歴史的な炭鉱の一つでもあり、趣のあるレンガ造りの建屋内にはレトロなメーターやスイッチでうめつくされた制御盤など様々な装置が並んでいる。

変電所1階に残る変圧器。閉山から20年近く経った今も綺麗に残る貴重な産業遺産である。
日本の廃墟 17.2

17.のうが高原ホテル

場所:広島県廿日市市
日本の廃墟 16.0 日本の廃墟 16.1  瀬戸内海を一望する標高およそ700mの高原地帯にある。
バブル時代に建設され、かつてはホテルや遊園地、牧場などを備えた大規模なレジャー施設だった。
80年代以降、客足が減少、宿泊室数も28室と少なく、頼みの綱であった日帰り客も少なかったため、倒産して、廃墟となった。日本の廃墟 16.2 ホテル内には大きな岩風呂もある。日本の廃墟 16.3 日本の廃墟 16.5現在は高原に向かう道程にがけ崩れの心配や、自衛隊のレーダーがあるため、立入禁止になっている。

16.羽幌炭鉱

場所:北海道苫前郡羽幌町
日本の廃墟 15.0北海道の北西に位置する羽幌町は人口7000人ほどの小さな町である。
羽幌炭鉱は、市街地から15km離れた場所にあり、かつては炭鉱の町として栄えていた。
1935年に操業を開始した国内でも屈指の優良炭鉱であり、最盛期の人口は、1万人以上にのぼった。
小さな町には、居酒屋、パチンコ店、病院、映画館があり、その頃は大変な賑わいだったという。
しかし、1970年の閉山にともなって住民は50人まで減少し、現在はゴーストタウンと化している。

15.伊万里造船所(川南造船所)

場所:佐賀県伊万里市
日本の廃墟 14.4日本の廃墟 14.0 日本の廃墟 14.1 人間魚雷「回天」、すなわち人間もろともに体当たりし、命と引き換えに敵艦を沈める極限の兵器を製造していたとされる伊万里造船。
1940年に造船会社である川南工業が軍需工場として操業を始めた。
人間魚雷の他にも全長70m以上にもなる二等輸送艦を製造していたとされる。
川南工業が1955年に倒産するとともに、閉鎖された。
2012年に造船所は解体撤去され、跡地は公園として整備する予定である。

14.カッパピア

場所:群馬県高崎市高崎観音山丘陵
日本の廃墟 13.3プールが人気アトラクションの遊園地で、このためカッパピアと呼ばれた。
この遊園地は、第二次世界大戦後の復興の一環として、1952年に開催された博覧会の施設を整備して開業したものである。

バブル崩壊前の最盛期には年間60万人以上が訪れる人気の観光地であったが、その後は入場者が徐々に減少し始め、少子化や娯楽の多様化もあいまって、1998年には10万人を割り、施設の老朽化も進んだため、2003年、42年間の営業に幕を下ろすことになった。
遊園地の敷地は高崎市が買い取り、現在、遊具は全て撤去されている。

エントランス日本の廃墟 13.0案内板日本の廃墟 13.2 日本の廃墟 13.1

13.神岡鉱山

場所:岐阜県飛騨市
ab神岡鉱山の歴史は古く、奈良時代720年頃から採掘が始まった。
大正から昭和にかけて、四大公害病の一つであるイタイイタイ病を引き起こしたことでも知られている。
亜鉛や鉛、銀の産地で、かつては東洋一の鉱山として栄えていた。
人口も現在の3倍近く、27,000人まで膨れ上がっていた。

現在は、一部の廃墟はそのままに、三井金属の出資で鉱物のリサイクル工場が建てられている。
また跡地の利用としてその他にも、ニュートリノ研究の場所として選定され、2002年には小柴教授がこの研究でノーベル賞を受賞している。
日本の廃墟 12.2 日本の廃墟 12.3

12.松尾鉱山生活学園

場所:岩手県八幡平市
日本の廃墟 11.1 標高1000mを越す山上にこの建物はある。
かつて、東洋一の硫黄鉱山として知れ渡るほどだった松尾鉱山は、鉱山町ができ、総合病院や鉱山社宅、そしてこの中学校など、様々な施設が建設された。
1911年に操業を開始してからは、1940年には8152人、最盛期には13,594人まで人口が増加した。
閉山にともなって1947年(昭和22年)に開校した生活学園は1969年(昭和44年)に閉校することとなった。

体育館

日本の廃墟 11.2 日本の廃墟 11.3 日本の廃墟 11.4
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(最終更新:2017年4月9日)コメント7
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コメント

  • Comments ( 7 )
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  1. By ws

    22.高子沼グリーンランドは福岡県福岡市ではなく福島県福島市のようですよ

    • By loveai0221

      こんにちわ。管理人です。

      ご指摘ありがとうございます!
      修正させていただきました。

      今後ともよろしくお願いします。

  2. By ai

    高子沼グリーンランドの死亡事故などは都市伝説で資料はないはずですよ

  3. By 匿名

    昭和30年代に開業した当初は、レストランなどを兼ねたヘルスセンターで、日帰り娯楽施設として親しまれていた。
    しかし昭和末期、バブルの崩壊による経営難で、閉業した。 とありますが、昭和末期はバブル最盛期であり、もし昭和末期に経営難になったのであればバブル崩壊と経営難は関係ないでしょうね。逆に、バブル崩壊によって経営難になったのであれば閉業は平成になってからでしょう。ご確認ください。

  4. By 匿名

    高子沼グリーンランドは、
    車で20分の場所にありますが
    現在 跡地は 解体され 太陽光発電にパネルが設置されてます。

    あと、死亡事故も一件もありませんでした。
    台湾とかのサイトにも 誤った情報(死亡事故多数)が行き渡っている現状に
    地元民として 怒りを覚えます!

    出来れば 訂正記事を書いて下さい

  5. By やまちゃ

    2位の足尾銅山で、「下記の写真は通洞選鉱場」となってますが、
    写真は「通洞選鉱場」から5キロほど北上して、寺の向かい側に見える「本山精錬所」だと思いますよ。
    もっとも煙突以外は7年前に撤去されているので、
    もう同じ風景は見られませんが~

    3位の長崎刑務所の跡地は、スーパーのマックスバリューになっているので、幼稚園じゃないと思います。
    残された正門はペンキを塗られて説明板も付いて、2010年頃には既に廃墟とは言えない状態になっていたような・・・

    4位の釜石鉱山の住所、移転後の事務所の住所になってますよ~
    (そこに行ってもミネラルウォーターの宣伝ノボリしかありません)
    写真の風景は5kmほど北にある鉄鉱石の選鉱所ですが、写真の建物は10年前に撤去されて今は土台が残り、
    釜石のマチュピチュと呼ぶ人もいますが、遊歩道も整備されて今は観光地です。
    鉱山で一番古い機械工場とかホッパー跡とかあります。

    7位の甲賀ファミリーランドは航空写真を見ると観覧車が無くなってますね。

    9位の白石鉱山は2012年の解体でほぼ更地です。

    11位の日本セメント門司事業所は2008年の解体でただの空き地になってます。

    このページだけですが、気になった点をお知らせしておきます。
    ネットの解体情報もあてになりませんが、空撮で空き地になってるのとか、リニューアルしてるのは確認してくださいネ(´Д`;)

    • By uti

      ご指摘ありがとうございます。一部修正させていただきました。

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