史上最も太っていた人(体重の重さランキング&彼らの半生)

ピーク体重を基準に、史上最も重かった人をランキング形式でご紹介します。7位から順に1位まで、彼らがどのような一生を送ったのかを中心にご紹介していきます。

7位.フランシス・ジョン・ランク 538kg

(via OldCatLady)

出身:アメリカ
生誕~死没:1934年~不明
身長:188cm
ピークの体重:538kg
BMI:152

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ランクは若い頃、全く肥満ではありませんでした。彼は韓国で兵役についた時、体重は68kgだったのです。

太るきっかけは麻薬だった

(via amazing-ever)

ランクが言うには、麻薬をやりはじめてから食欲が抑えられなくなって、どんどん体重が増えていったと言います。一部の麻薬には、食欲を増進させる効果を持つものがあり、それを彼は常用していました。

移動住宅でアメリカ国内を旅する

(↓ランクが住んでいた移動住宅)

(via sideshows)

ベッドから起き上がれないほど太っていましたが、彼は移動住宅のベッドに寝転んでアメリカを旅しました。彼はお祭りの際に人前に登場し、麻薬の危険性について説きました。彼自身の病的な肥満体を教訓として、麻薬は絶対にやってはいけないと伝え続けたのです。

6位.ウォルター・ハドソン 543kg

(via wikipedia)

出身:アメリカ
生誕~死没:1944年~1991年(47歳)
身長:178cm
ピークの体重:543kg
BMI:152

ハドソンは浴室のドアに挟まって抜けられなくなり、消防隊が出動したことで一躍有名となった人物です。そう、彼のウエストは当時世界最長(279cm)で、ギネス記録にも認定されていたのです。

骨を折ったことが原因で、人生の転落が始まった

(via topphoto)

彼が7歳のときは、ちょっとばかりふくよかな男の子でした。12歳には90kgになっていましたが、まだ許容範囲内と言えました。

彼の人生の転機は12歳のときに足の骨を折って寝たきりになったことでした。それからはベッドの上でひたすら食べる生活を送るようになったのです。

15歳のときには140kgに達し、骨折が完治しているのにも関わらず外出するのが怖くなり、家から一歩も出なくなってしまいました。

彼の朝の食事は例えば、32本のソーセージ、500gのベーコン、10個の卵、1斤のパン、グレープゼリー、コーヒー1ポット分でした。もちろん、昼食と夜食はこれよりもっと食べます。これに加え、軽食として大量のキャンディや数リットルの炭酸飲料も一緒にとっていました。

骨折してからはお風呂の時間を除いて、ベッドから移動することが無くなりました。お風呂の時間だけが唯一の運動で、お風呂場までの6mを1時間かけて移動していました。

そして事件は起こったのです。体重がますます増えていく中、お風呂場への移動時に浴室のドアにハマり、全く身動きがとれなくなりました。すぐに助けが呼ばれ、地元の消防隊、警察官、救急隊員が彼の家に来て、約4時間の救出活動が行われました。

彼はそれからもベッドでひたすら食べ続ける生活を送り、2015年、47歳の若さで心臓発作により亡くなっています。

5位.ロバート・バトラー 544kg

(via New England)

出身:アメリカ
生誕~死没:1971年~2015年(44歳)
身長:不明
ピークの体重:544kg
BMI:不明

バトラーは重度の鬱をわずらって過食症になり、何十年にも渡って食べ物に依存した生活を送っていました。介護施設で世話を受けており、ほとんどベッドの上で寝たきりだったと言います。

彼は2006年にメディアのインタビューに対し、「食欲を減退させる胃のバイパス手術を受けたい」と語っていますが、金銭的にはかなり厳しいようでした。

(via WPRI)

2015年に彼を介護している施設が破産し、他の病院への転院が大掛かりで行われました。

(↓クレーンで窓から他の病院へ搬送)

(via New York Daily News)

あまりにも巨体だったため、病院の出入り口から移動させることはできませんでした。そこでクレーンによって持ち上げ、医療設備付きのコンテナトラックで運搬されました。

元の介護施設では受けることができなかった治療が、新しい病院で受けられると期待されていましたが、転院した年に彼は亡くなっています。

4位.キャロル・イェーガ 544kg(5位と同じ)

(via wikimedia)

出身:アメリカ
生誕~死没:1960年~1994年(34歳)
身長:170cm
ピークの体重:544kg
BMI:188

イェーガは、史上最も体重が重かった女性です。亡くなる34歳のときの体重が544kgあったのです。

性的虐待が原因で過食症に

(via MensXP)

彼女は子供の頃に身近な家族からの性的虐待があり、そのストレスで過食症をわずらいました。それからの彼女は、人生の大部分を食べることに費やすようになったのです。

彼女は1993年の33歳のときに、体重が512kgになり、医師から太り過ぎで細菌感染症(蜂巣炎)にかかっていると伝えられました。それを契機に病院へ3ヶ月間入院し、1200キロカロリーの食事制限を受けました。彼女はたった3ヶ月のダイエットで236kgも減量しています。

しかし、それから極端なリバウンドが始まり、1年もかからず+200kg以上となったのです。もうその時には、ベッドから起き上がることも出来ず、病院に行くときは15~20人の消防隊員が彼女を運びました。それが13回もあったといいます。

彼女はリバウンドしてからすぐ、34歳の若さで亡くなりました。死因は腎機能不全でした。

3位.マヌエル・ウリベ 597kg

(via Oddities)

出身:メキシコ
生誕~死没:1965年~2014年(48歳)
身長:196cm
ピークの体重:597kg
BMI:174.5

生きていた当時、彼は世界で最も太っていた男性でした。ただしピーク時の体重は597kgだったものの、2度目の結婚時には269kgまで落としています。

彼の生活と太った原因

(via nypost)

ウリベは思春期のころから太りやすい体質で、既に115kgあったと言います。メキシコ人の彼は「メキシカンが食べる豆やライス、トルティーヤ、フライドポテト、ハンバーガー、ピザとか普通のものを普通に食べているだけなのに太る」と語っていました。

彼は22歳のときに結婚し、パソコン関連のデスク仕事に就きました。これが彼の肥満をさらに増進させることになったのです。仕事ではめったに歩くことがなくなり、外出するときも車だったため、運動することが全く無くなりました。

遺伝的に太りやすい体質と過度な運動不足により彼の体重は激増しました。それが原因で妻に離婚を突きつけられ、お金も失いました。

テレビで救いを求めたら、メキシコ政府から援助がきた

(via Metro)

彼はメキシコの国営放送のテレビに出て、太りすぎて離婚した自分の悲惨な状況を伝え、人生をやり直すために支援が必要だと訴えました。

メディアからかなり注目されていたこともあり、メキシコ政府の支援が付いたのです。政府は彼の減量のために、医師グループと栄養士を任命しました。

彼は病院でタンパク質を増やし、炭水化物を減らすダイエットに取り組みました。1日5回の食事は卵白のオムレツ、サラダ、鶏肉、魚、フルーツがメインでした。この食事療法により減量は大成功。230kgも体重を減らすことが出来たのです。

減量の成功とともに、2度目の結婚を果たします。結婚式はとても豪華かつ壮大なもので400人以上が参加しています。彼は、体が重くて歩くのは大変だったので、ベッドで横になりながら式に出席しています。

(↓結婚式は寝台の上で)

(via Otago Daily Times)

幸せをつかんだように思えたが再度離婚。そして死去

(↓彼の遺体が入った棺桶)

(via Global News)

これほど多くの人に応援されながら挙式したものの、たった3年で結婚生活は終わりを迎えました。それから3年後の2014年、48歳の時に彼は肝臓の病気で亡くなりました。

2位.ハリド・モシン・シャエリ 610kg

(via CNN)

出身:サウジアラビア
生誕:1991年~
身長:173cm
ピークの体重:610kg
BMI:204.4

シャエリは、「存命中の地球上で最も体重が重い人物」でした。2013年の22歳の時には、体重が610kgもあったのです。BMIは204で、この記録は1位の人も軽く凌駕しています。

サウジアラビア国王からの命令で病院へゴー

(↓メディアの注目の的となったシャエリ)

(via arabnews)

シャエリはあまりに太り過ぎていて、自分の家から動けなくなるほどでした。そして彼は世界一の肥満体として国内メディアで取り上げられるようになっていました。

その報道が当時のサウジアラビア国王に伝わり、国王直々でシャエリを入院させるよう指示が下されました。

(↓家から運び出されるシャエリ)

(via Daily Mail)

彼はあまりにも体重が重すぎて、運び出すことが困難であったため、フォークリフトで搬出され、救急ヘリで首都のリヤドの病院まで搬送されました。

300kg以上の減量に成功

(↓減量に成功したシャエリ)

(via dailymail)

彼は病院で脂肪切除手術は受けず、食事制限だけで320kgの減量に成功、200kg台まで落とすことが出来ました。これは、ピーク時の半分以下です。

ピーク時は自分の力で歩けないほどでしたが、現在では歩行器を使って歩けるまでになっています。

1位.ジョン・ブラワー・ミノック 635kg

(via wikimedia)

出身:アメリカ
生誕~死没:1941~1983年
身長:185cm
ピークの体重:635kg
BMI:185.5

ジョン・ミノックはピーク体重が635kgで、史上最も体重の重い人物です。しかし彼が一番太っている時は、あまりにも巨大になりすぎて動けず、体重計に乗ることさえ出来なかったため、この体重は推測値です。なので、もしかしたらこれよりも重いかもしれません。

子供のときからすごかった

12歳のときには既に133kgで、一般的な12歳の子供の3人分以上もありました。22歳になって身長は185cmまで伸びましたが、それでも体重は178kgあり、平均体重の2倍以上だったのです。

太り過ぎで、体を壊し始める

彼は36歳頃から、太り過ぎで心臓の障害と呼吸不全をわずらい、病院を何度も入退院するようになりました。ちょうどそのころ、体重50kgのジャネットと結婚し、最も体重差のあるカップルとして世界記録を打ち立てています。

ちょっと信じられないことですが、ジョンは体が動けないほど太っていたにも関わらず、子どもを2人作っています。

史上最高体重635kgになり、ダイエットを始めたが・・

彼は37歳のときに体重のピークを迎えて、世界記録の635kgに達しました。それからは病院で成人男性の摂取カロリーの約半分(1200kcal)しかとれない厳しい食事制限が始まりました。

その制限のおかげで体重は216kgにまで落ち、419kgもの減量に成功したのです。彼のダイエットは、人類史上最大の減量と言われています。

しかしその1年後にリバウンドで200kg近く増えて432kgになり、またも病院に舞い戻ってきました。その後、彼の持病であった浮腫が悪化して、入院から23ヶ月後に亡くなっています。その時の体重は362kgでBMIは105.3でした。

データは以下を使用:wikipedia

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