死者数で見る世界最悪の自然災害(ランキング)

史上最も犠牲者の多い自然災害を1位から順に10位までご紹介します。

1位. 1931年中国大洪水 200万~400万人

(↓はん濫した長江)

(via emaze)

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中国で1931年7月~11月に起きた一連の洪水です。記録に残っている自然災害としては最も犠牲者が多いとされています。

はん濫が起きたのは、中国一の長さを誇る大河の長江。そして黄河に次ぐ第三の大河である淮河(わいが)でした。

長江と淮河の大規模な洪水により、少なくとも14万人以上の中国人が溺死し、日本の面積の半分ほどにもなる18万㎞2が、複数回にわたる洪水で水中に没したとされています。

(via yoylo)

洪水が起きた年は、毎年平均2回しか来ない台風が7回来ており、月間降水量は600mm以上で異常気象を記録していました。これが原因で川の水位が上がり、二つの川ではん濫が起きたのです。

また洪水によって、水を媒介とするコレラやチフスなどの感染症が蔓延し、当時の首都であった南京市では数百万人が亡くなったとされています。さらに飢えによる困窮など二次的な被害を受けた人の数は、5000万人以上に上りました。

2位. 1887年黄河洪水 90万人

(via rankred)

中国で2番目に長い川・黄河で1887年9月28日に発生した洪水です。かつてから黄河ははん濫しやすい川でした。そのため何百年もかけて農民が堤防を築き、黄河のはん濫から身を守っていました。

ところが時間の経過とともに泥が川底に堆積していき、水位が上昇。これに加え、連日の大雨によって堤防が決壊し、大規模な洪水が起きたのです。

最初に中国の鄭州市(ていしゅうし)で堤防が決壊したとされ、洪水は中国北部に広がって日本の国土面積の1/3(約13万㎞2)にもなる範囲を水に沈めたとされています。

(↓堤防が決壊した鄭州市の場所)


この洪水により200万人近くが家を失い、伝染病と飢餓が蔓延。二次的な被害によって洪水で直接亡くなった人と同等の犠牲者が出たとされています。

3位.華県地震(1556年) 83万人

(↓赤丸が震源)

(via wikimedia)

中国の歴代王朝・明の時代に起きた、推定マグニチュード8.0の大地震です。1556年1月23日の早朝に陝西省を震源として揺れが発生し、周囲840㎞の9省が地震の影響を受け、ある省では人口の60%が亡くなったとも言われています。

(via youtube)

震源域では、深さ20m以上の亀裂が地上に入り、大規模な地すべりを起こりました。当時、この地域では横穴式住居に住んでいる人が多かったため、この地すべりにより住居ごと飲み込まれ、大量の死者が出たとされています。

4位. 1839年インドのサイクロン 30万人

(↓サイクロンが発生した場所)

(via Google map)

1839年11月25日に、インド南東部のコリンガで発生したサイクロン(熱帯低気圧)です。サイクロンによって高さ12mの高潮が発生し、港町であるコリンガの建物が一掃され、2万以上の船が破壊され、約30万人の犠牲者が出たとされています。

港町はほぼ壊滅状態となったため復興することなく放棄され、ほとんどの人が他の町へと移住しました。

5位. 1737年カルカッタのサイクロン 30万人

(↓サイクロンが発生した場所)

(via Google map)

インド東部のカルカッタ(現在のコルカタ)で発生したサイクロンです。1737年10月11日にカルカッタ南部に位置するガンジス川デルタにサイクロンが上陸。潮位10~13mの高潮と、周辺に6時間で381mmの大雨をもたらしました。またその高潮は、およそ330㎞先の内陸部まで爪痕を残しています。

カルカッタ市内の構造物は、ほとんどがわらぶき屋根と泥土で作られていたことから、暴風雨によってほぼ全てが破壊されました。当時カルカッタ市内は人口2万人程でしたが、そのうちの約1/7である3000人以上が亡くなったとされています。

全体での被害は、サイクロンにより2万以上の船舶が破壊され、30万~35万人が亡くなったと推計されています。

6位.スマトラ島沖地震 (2004年) 28万人

(via SvitPPT)

2004年12月26日にインドネシア・スマトラ島沖で起きたマグニチュード9.1の超巨大地震です。

(↓一連の星が震源地、等高線は津波の到達時間)

(via wikimedia)

地震のエネルギーは、広島型原爆のおよそ2万3千個分と見積もられています。地震により引き起こされた津波は最大30mの高さとなり、5000㎞以上離れた地域でも猛威をふるいました。

(↓タイのアオナンを襲った津波)

(via wikimedia)

実際に4500㎞離れたアフリカのソマリアでは、高さ9mの津波を観測し、298名の死者が出ています。これらの地震とそれに続く津波で、アフリカからタイにかけて世界11ヶ国で28万人もの犠牲者が出ています。

7位.海原大地震(1920年) 27万3400人

(↓赤丸が震源地)

(via wikimedia)

1920年12月16日に、中国の海原県(かいげんけん)で起きたマグニチュード7.8の地震です。海原県だけで犠牲者は7万3千人、そして7つの省に渡っておよそ27万人余りが亡くなったとされています。

震源地では200㎞の断層が露出し、いたるところに地表の割れ目や地すべりが現れました。

(via disasterhistory)

地震が起こったのが厳冬期の12月であり、度重なる余震で建物に入ることを恐れる人が増えたため、凍死者が数多く出ました。この余震は3年もの間続き、生き残った人たちを苦しめ続けたとされています。

8位. 1970年のボーラ・サイクロン 25万~50万

(↓ボーラサイクロンの衛星画像)

(via wikimedia)

1970年に東パキスタン(現在のバングラデシュ)を襲った熱帯低気圧で、正確な死者数は明らかになっていないものの、最低でも25万人以上が亡くなっています。

サイクロンは1970年11月7日に、インド周辺のベンガル湾で生まれました。それが強さを増して時速185㎞に達し、サイクロン形成から5日後の11月12日に東パキスタン沿岸へと上陸しました。

(↓サイクロンの進路)

(via wikimedia)

高潮により潮位が10m近く上昇して沿岸部の村は壊滅状態となり、その地域の作物は完全に駄目になりました。最も被害の大きかったタズムッディンでは、人口16万7千人のうち45%(7.5万人)が亡くなっています。

政府の救援が遅れたことで犠牲者が増えたという批判から、反政府活動が活発化し、これがきっかけでバングラデシュ独立戦争が勃発しました。そしてその2年後には、バングラデシュが建国されることになったのです。

(この自然災害は、バングラデシュ建国の契機となった)

(via wikimedia)

9位. 526年アンティオキア地震 25万~30万人

【↓震源地は赤丸(トルコ)】

(via wikimedia)

西暦526年5月頃に、東ローマ帝国のアンティオキア(現在のトルコ)で起きた巨大地震です。

地震は、アンティオキアに壊滅的な打撃を与えました。ほとんどの建物が破壊され、その後に発生した大規模な火事でさらに被害が広がったのです。

(via HN Style)

また、ここはキリスト教徒が集まる総主教庁であり、キリストの昇天祭が近かったために信徒が地方からやってきて、さらに犠牲者が増えたと考えられています。

10位.唐山地震 24万2千人~65万6千人

(↓赤丸が震源)

(via wikimedia)

1976年7月28日に河北省唐山市で起きた直下型の巨大地震。震災による犠牲者は20世紀最大とされています。

中国政府は犠牲者数を最初は65万5千人と報告していましたが、後に24万~25万5千と改めています。一方でアメリカの地質調査所では、65万人と推計されています。

当時の中国は、文化大革命の騒乱の中にあり、政府は外国からの援助を拒否していました。これが原因で犠牲者がさらに増えたと言われています。

(via the Beijinger)

地震が直撃した唐山市は、当時はおよそ100万人近くが生活していましたが、その1割以上の14万8千人が亡くなり、住居の全壊率は94%にも上りました。工業都市であった唐山市には、日本人の技術者もいて、地震で3人が命を落としています。

以下のデータを参考に作成:wikipedia

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