常軌を逸した世界のマッドサイエンティスト・4人

1.移植手術で双頭の犬を生み出した科学者:ウラジミール・デミコフ

(via Garip Olaylar)

ソビエトの科学者ウラジミール・デミコフが、1954年に行った実験は前例の無いものだった。彼は一匹の犬の頭部を切断し、もう一匹の犬の首につなぎ合わせる手術を行ったのだ。

実験に使われたのは、ジャーマンシェパードのブロドヤガと小型犬のシャブカ。シャブカは前脚から後ろを切断され、ブロドヤガの血管等と接続された後に縫合され、双頭の犬になった。

(via .viralnova)

手術後、意識を取り戻した双頭の犬は、どちらの頭でも、聞くことも、見ることも、食べることも、匂いを嗅ぐことも、歩くこともできた。

しかし頭だけを取り付けられたシャブカは、胃がなかったため、水分を摂っても挿入されたチューブを通って床に液体が滴り落ちていくだけだった。

(via .life)

双頭の犬はたった4日間しか生きられなかった。だが彼は何回か似たような実験を行っていて、最長では29日間生き続けたケースもあったという。

2.残虐な双子の人体実験を繰り返した:ヨーゼフ・メンゲレ

(via .allthatsinteresting)

第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ強制収容所に勤務していたヨーゼフは、科学という名の元に残虐な実験でユダヤ人の命を大量に奪った。

ヨーゼフは特に双子に興味を持ち、様々な実験を行った。双子に無意味な手足の切断手術や性転換を行ったり、双子の片方に発疹チフスなどの感染症をかからせた。

(via .josefmengele0)

ある双子は体を切断され縫い合わせられて、結合双生児にさせられた。だがその手術は失敗で、手術後まもなく感染症を引き起こして死亡した。

またあるときには、クロロホルムを心臓に注射し、一夜で14人の双子の命を奪った。ヨーゼフの実験体になった人々は、たとえ実験から生還できたとしても、そのほとんどが解剖されて殺害された。

ナチスドイツの敗戦とともに、ヨーゼフの残酷な実験は終わりを迎えたが、ヨーゼフはアルゼンチンに逃亡したため、その罪をつぐなうことは一生なかった。

3.死体で電気実験:ジョバンニ・アルディーニ

(via .HarpWeek)

ジョバンニ・アルディーニは、世界初の電池を生み出すことになったルイージ・ガルヴァーニの甥である。

叔父のルイージは、死んだカエルに電気火花を当てると筋肉がけいれんすることを発見し、生体に流れる電気信号の研究を推し進めるきっかけとなったことで知られる。

ジョバンニは叔父の成果に触発されて、奇妙な実験を行った。彼はジョージ・フォスターという絞首刑になった殺人者に電気を流す公開実験を行ったのだ。

ジョバンニは、電気の流れる棒を男の尻穴に挿入し、放電した。するとその男は拳を突き上げ、足をけりあげてけいれんした。また棒を顔に当てると、顔はくいしばったようになって震え、閉じていた左目が開いたという。

これを見た人は男が息を吹き返したのかと恐れた。またある者はその実験を目の前にして、気絶したという。

4.自らを実験体に首吊り:ニコラエ・ミノビチ

【実験中のニコラエ・ミノビチ】

(via .reallifeishorror)

ルーマニアの犯罪学者であり、法科学の研究者であったニコラエ(1868~1941年)は、首吊りに対して強い興味を持ち、自らを実験体に数多くの首吊り実験をした。

(via .Adevarul)

彼は天井の滑車にロープを垂らし、そのロープを自分の首に回して引っ張り、圧力をかけた首の部位と皮ふの変化・耳鳴り・視力障害との関係などを調べた。

また助手の力を借り、首にゆるく巻き付けたロープを空中2mの高さまで吊り上げる実験も行っている。その状態で最初は数秒しか耐えられなかったが、最終的には25秒間耐えることができたという。

【絞首刑用のロープの結び方:ハングマンズノット】

.(via .Wikimedia)

だが、絞首刑に使われるハングマンズノットという結び方で首吊り実験を行った場合には、吊り下がるとロープが締まるようになっているため、たった4秒しか耐えられなかった。彼はこの絞首でひどい痛みを経験し、特に喉痛は約1ヶ月続いたという。

彼の研究成果は、「首吊りの研究」という題で、200ページにも渡る大作としてルーマニア語とフランス語で出版されている。

スポンサーリンク



オカルト

Posted by uti