ナチス・ドイツの恐ろしい人体実験・11種

2019年6月17日

ナチス・ドイツがWWⅡ時に強制収容所で行っていた非人道的な人体実験を11種紹介する。

1.止血実験

(via Toshiyuki IMAI/flickr)

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致死的な人体実験で有名なジクムント・ラッシャー医師は、ある薬の効能を調べるため、ダッハウ強制収容所で実験を行った。その薬とは、ポリガルと呼ばれるリンゴとビートのペクチンから作った錠剤であり、血液の凝固を促進する効果があるとされた。

ジクムントは、この薬が戦闘中あるいは手術中に出来た創傷の出血を抑えてくれると考えていた。

【実験を行ったジクムントと彼の誘拐した赤ちゃん】

(via Ancient-Astronomy)

この薬の実験台となった収容者は、ポリガルを飲まされて、胸や首を撃たれた。これは戦闘中の怪我をシミュレーションしたものだった。あるいは、麻酔を使うことなく被験者の四肢を切断することもあった。

被験者の多くが、この実験で死亡したとされている。その後ジクムントはこの実験について論文を発表し、適切な臨床試験を経ることなく、ポリガル製造会社を立ち上げ、収容者をそこで働かせた。

2.スルホンアミドの実験

(via History of Sorts)

スルホンアミドとは抗菌薬の成分であり、現在でもその殺菌作用から感染症の治療に用いられている。この薬の人体実験は、ほぼ女性のみを収監していたラーフェンスブリュック強制収容所で行われていた。

この実験では、被験者が足に深い傷を負わされ、縫合する前に危険な菌を傷口に塗布された。実際に使われた菌は、ガス壊そを引き起こし、四肢の切断を余儀なくされるウェルシュ菌、激烈な痛みの後に死ぬ破傷風菌などだった。

またその傷口には、戦場における負傷を模擬するため、割れたガラスを混入することがあった。これが症状をさらに悪化させた。こうやって菌に感染させた被験者に、抗菌薬を与えて有効性を確かめたのだ。

被験者はたとえこの薬で死をまぬがれたとしても、一生消えることのない傷と痛みに苦しめられた。

3.人体凍結・低体温症の実験

【凍結実験の様子】

(via wikimedia)

低体温症の予防と治療を目的に行われていた恐ろしい一連の実験であった。その中のひとつには、被験者を低体温にするため、裸にして-6℃の空間で数時間拘束する実験もあった。そして低体温症になった被験者を、治療という名目で煮だったお湯の中に突っ込んだ。

また別の実験では、凍りつくような冷水に最大3時間沈めた。その蘇生には、人造の暖かさよりも動物的な暖かさが効果的だとして、裸の女性2人を被験者の体に寄り添わせて暖めさせた。また焼け付くような太陽灯を当て、火傷を負わせることもあった。

このような凍結実験は300回以上実施され、100人以上が亡くなったとされている。

4.海水実験

(via OWL-Space)

海水を飲む方法を模索するために、ダッハウ強制収容所にて人体実験が行われた。被験者は4つのグループに分けられ、海水、甘く味付けして飲みやすくした海水、塩抜きの海水、水なしという条件で、その割り当てられた物以外は一切与えられなかった。

いずれの海水を与えられたグループも、激しい下痢やけいれん、幻覚、脱水症状に襲われた。飲水を得ようと、バケツの中の水を飲んだり、モップがけされた床をなめる光景が実験中に目撃されていた。

また被験者はデータ収集のために脊髄や肝臓に注射針を挿し込まれ、体液の採取が行われた。この施術は被験者にひどい苦しみを与え、最終的にこの海水実験で多くの収容者の命が奪われた。

5.毒物実験

(via Pixabay)

様々な毒の効果を調べるため、1943~1944年にかけてブーヘンヴァルト強制収容所で行われていた実験である。それらの毒は、収容者の食事にこっそりと混入された。あるいは検死の許可を得るため、収容者に毒物を飲ませて即死させた。またある被験者は、毒物入りの銃弾で撃たれ、ひどい苦痛の中で死んだ。

6.不妊実験

【不妊手術を受けさせられた双子の母親】

(via ushmm)

ドイツで1933年に「遺伝性疾患子孫防止法」が成立して以来、遺伝的疾患と見なされた精神・身体障害者が、強制的に不妊手術を受けさせられた。ユダヤやロマの人々もその対象となり、合わせて少なくとも30万人以上が犠牲になった。

そして劣等遺伝子の排除を効率的かつ短時間に行うため、アウシュビッツ強制収容所などでは、様々な強制不妊術の研究が行われていた。

その人体実験では手術やX線、薬物が用いられ、何千人もの収容者が不妊化された。それらの方法はいずれも副作用が強かった。X線の照射によって不妊化された被験者は、腹部やソケイ部にひどい放射線やけどを負い、耐え難い痛みに苦しめられた。

またヨウ素や硝酸銀を静脈注射された被験者は、膣出血や激しい腹痛に襲われ、子宮頸がんになることもあったという。

7.骨・神経・筋肉の再生と骨移植の実験

(via Pixabay)

ラーフェンスブリュック強制収容所では、約1年間にわたって骨・筋肉・神経の再生実験が行われていた。それらの一部を切除して、どのように再生するか、どうすれば早く治るかを研究していたのである。

また意図的に骨を折り、他の収容者に骨移植を行っていた。その中には恥骨を切断し、左右に入れ替える実験もあった。これらの手術には麻酔が使われなかったため、被験者は激しい痛みに耐えなければならなかった。そして多くの場合、身体障害が残り、一生涯不自由な生活を迫られた。

8.斑点熱の実験

(via WAVY TV 10)

ダニ由来の斑点熱など、感染症の予防法を研究するため、開発中の様々なワクチンを被験者に投与し、その後細菌に感染させてワクチンの有効性を確かめる実験が行われた。

この斑点熱の人体実験では、被験者の75%がワクチンの投与後、細菌に感染させられた。だが開発途上のワクチンは効果がほとんどなく、そのうちの90%以上が亡くなった。

また残りの25%には対照実験のため、事前に何の処置もなく、細菌に感染させられた。言うまでもなく、被験者の多くがその感染症で亡くなった。

このような実験が黄熱病、天然痘、発疹チフスなどの感染症についても行われていた。

9.双子への実験

【生き残った双子】

(via holocaustonline)

アウシュビッツ収容所で「死の天使」と呼ばれ恐れられた医師ヨーゼフ・メンゲレは、双子に特別な興味を持っていた。ヨーゼフは、双子の遺伝的な類似・相違点を調べるという名目で、数々の恐ろしい人体実験を実行したのだ。

彼の実験で、アウシュビッツに収容されていた双子のほとんどが死んだ。1500人いた双子は、わずか100人しか生き残ることができなかった。

彼の実験は当初、双子の身体を比較するだけだった。しかし徐々にエスカレートしていき、双子の目の中に薬品を注入して瞳の色を変える実験や、四肢の切断、性器の転換、臓器移植などの外科手術を行うようになっていった。もちろん麻酔などしていなかったので、双子は激痛で悶え苦しんだ。

また双子の片方を感染症にかからせて殺害した後、もう一方も検死時の比較用に殺害し、研究材料とすることもあった。

ヨーゼフは、人工の結合双生児を双子で作る試みも行っていた。彼は双子の背中同士を合わせて、静脈を縫い合わせる手術を行ったのだが、その実験は失敗に終わり、双子はひどい感染症にかかった。あまりにも苦しむ双子の変わり果てた姿を見た両親は、手術から3日後にこの双子を窒息死させている。

10.高空での実験

【低気圧のため意識を失った収容者】

(via Holocaust Memorial Museum)

パイロットが高高度で航空機から緊急脱出する際、パイロットの体にどのような影響があるかを研究するために行われていた人体実験である。

この実験は、1番で紹介した止血実験のジクムントが実施しており、彼の実験台となった200名の収容者は全員が亡くなった。

被験者は低圧室に入れられ、高度2.1万mの空間をシミュレーションした気圧に置かれた。ジグムントは被験者が空気の薄くなった低圧室で窒息死していく姿を観察し、その経過を自分のノートに記録した。

37歳の男性被験者について書かれた記録では、以下のような被験者の変化を記していた。「4分間ほど頭を小刻みに動かした後、けいれんを起こして意識を失った。そして呼吸数は1分間に3回まで減り、実験開始から呼吸が止まるまで30分を要した。被験者の顔は青ざめ、口から泡を吹いていた。」

11.マラリア実験

【マラリアは蚊によって感染する病気】

(via Max Pixel)

現在もワクチンが開発されていないマラリアの治療法が、強制収容所で研究されていた。マラリアは原虫に寄生された蚊によって感染することから、健康な収容者がその蚊で直接、あるいはその蚊の抽出物を注射され、感染させられた。

マラリアに感染した収容者は、様々な薬を投与され、その有効性が確かめられた。1200名以上の収容者に対してこの実験が実施され、そのうち半分以上が亡くなった。たとえ死ななかったとしても、一生ものの障害が残るケースもあった。

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雑学

Posted by uti