世界の怖い無人の町、ゴーストタウン色々(画像)
今回は海外のゴーストタウンを特集します。陰鬱さを感じる、少し怖い町を選んでみました。
1.ダロル(エチオピア)
(via Clipmass)
岩塩とカリ岩塩の採鉱でにぎわっていた町でしたが、1960年後半には既に人がいませんでした。この町がゴーストタウン化したのは、あまりに辺ぴな場所にあって、移動のコストを考えると、岩塩採掘の採算がとれなくなってしまったためです。
ダロルに到達するまでのルートは、道路が整備されておらず、移動手段はラクダや凸凹道に強いジープなどに限られていたのです。
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(via All That Is Interesting)
(via io9)
またこの町は、人が住んでいた場所としては、「地球上で平均気温が最も高い場所」として知られています。その平均温度は35℃にもなります。
(via Sometimes Interesting)
2.キランバ新都市(アンゴラ)
(via Forum-Politique)
アフリカのアンゴラ首都から約30km離れた場所に、中国の投資会社が作り上げたキランバ新都市があります。この市は、家やマンションが建ち並び、完成時には最大で50万人の居住を予定していました。
現在、750棟のカラフルな8階建てアパートや、10校近くの学校、ショッピングモール、映画館、5つ星ホテルが建ち並んでいます。しかし、売却されたのはごくわずかで、そのうえ購入した住民がそこに移り住んでいるかも定かではない状態となっており、ほぼ手付かずとなっています。
(via China in Africa)
ここがゴーストタウン化した原因は、一つに物件の価格が高すぎたのではないかと考えられています。マンション1部屋で2000万円前後でした。年収数十万円の地元のアフリカ人たちには高すぎる買い物です。
それに、お金持ちの外国人が買うと言っても、ここはアフリカでも比較的アクセスが良くない場所のため、需要はほとんどなかったようです。
3.コールマンスコップ(ナミビア)
(via The Clinic Online)
1908年に建設が始まった炭坑町。
この地域でダイヤモンドが採れることが判明したことで、急速に発展しました。町はダイヤモンドブームに乗り、栄えます。居住施設の他、病院や学校、ダンス場やボーリング場、カジノまで建てられたのです。
ですが第2次世界対戦後にダイヤモンドの価格が急落したため、採算が合わなくなって鉱山会社が撤退し、この町は1956年にゴーストタウンとなりました。
(via YouTube)
(via L’Huffington Post)
4.タワルガ(リビア)
(via photorator)
2011年8月、住民らはリビア内戦の激化にともない、タワルガからの強制移住をせまられました。この結果、2006年にタワルガに居住していた24223人は他の町へと移住し、現在はゴーストタウンとなっています。
(via Human Rights Watch)
5.バナック(アメリカ・モンタナ州)
(via matadornetwork)
バナックは、ここに住んでいた先住民のバナック族から名付けられた町です。1862年に町が創られてからは、金鉱の採掘でにぎわいましたが、それらのブームは次第に終えんをむかえ、1970年には完全に居住者がいなくなりました。
6.ラドロウ(アメリカ・カリフォルニア州)
(via Travel Oven)
ラドロウは1883年に、長距離運転の蒸気機関車に水を補給するため作られた町です。その数年後にホウ砂などの鉱石が発見され、町は1906~1940年の間、採掘ブームとなりました。
その後、採鉱や鉄道が廃止になり、高速道路が近くに出来たこともあり、人は完全にいなくなってしまいました。
7.ボディ(アメリカ・カリフォルニア州)
(via paranadie)
1876年、スタンダード社が金の鉱脈を発見し、これまで小規模な鉱山キャンプでしかなかった場所が、鉱山町として発展し始めました。
ゴールドラッシュをむかえたボディは、全盛期には人口1万人を超えました。1900年代に入るとボディの金は掘り尽くされて衰退し、ゴーストタウンとなりました。
8.ギルマン(アメリカ・コロラド州)
(via matadornetwork)
コロラド州で1886年に、銀の採掘ブームが起きて作られた町がギルマンです。銀が掘り尽くされてからは、鉛や亜鉛に変わりましたが、1984年に環境保護庁の指示で町はゴーストタウン化しました。
これは環境保護庁が、炭鉱町の地下水に有毒物質が混入していることを指摘したためです。
9.ゴッドフィールド(アメリカ・アリゾナ州)
(via favrify)
町の近くで金の鉱脈が発見された結果、1892年に設立され、最盛期には4000人が居住していました。スーパーやホテル、郵便局、学校、バーなど一通りの施設はそろっていたようです。こちらもやはり、金が掘り尽くされて人がいなくなり、町はさびれました。
10.ケネコット(アメリカ・アラスカ州)
(via Matador Network)
1900年に銅を含んだくじゃく石が発見されたことをきっかけに作られた炭鉱町。
1916年に最盛期をむかえ、その年は銅の価値にすると32億円分を生産しました。町には5つの炭鉱がありましたが、1929年に一つが掘り尽くされて閉鉱し、残り4つも1930年代にすべて閉じられました。
11.プリピャチ(ロシア)
(via imgur)
1986年4月26日にチェルノブイリの原子炉4号炉が爆発を起こし、放射能が近隣のプリピャチをおそいました。この事故で近隣に住む35万人が家屋を立ち退くことになり、プリピャチは一夜でゴーストタウンになりました。
(via 30 Years Later)
12.バラクラバ(カナダ・オンタリオ州)
(via Matador Network)
1855年に製材業の始まりとともに作られた町。
1860年ごろには、町に鍛冶場やホテルも建設されました。しかし1960年代になると、バラクラバ周囲の木が切り尽くされ、生産量を減らさざるを得なくなりました。それが契機となって人が徐々にこの町を去っていき、最終的に無人となったのです。
13.クラーコ旧市町(イタリア)
(via favrify)
クラーコでは、20世紀半ばに起きた連続的な地震で、多くの犠牲者が出ました。引き続く地震で地すべりが起こり、町は完全に住めなくなってしまいました。
クラーコの町は、粘土層と砂岩層で形成されていたために、地震には弱かったのです。修復不可能なくらいに破壊されてしまった町からは、出て行かざるをえなくなり、住民1800人は他の場所へと移住しました。
14.ピチャー(アメリカ・オクラホマ州)
(via Matador Network)
ピチャーはかつてアメリカの中心的な亜鉛と鉛の鉱山でした。しかし、鉱山の無計画な開発により、有害物質が土壌や水道水中に混入していたことが明らかになり、鉛中毒などにかかる子どもが増え大きな問題になりました。
それを受けて、州が町自体を買い上げて住民を強制的に移住させたのです。そのため、ピチャーは現在のところ人っ子一人いません。
15.ドローブリッジ(アメリカ・カリフォルニア州)
(via eBaum’s World)
かつては鉄道が通っていましたが、今はそれも廃止されています。ドローブリッジは、1876年に南太平洋鉄道が通る町として作られましたが、鉄道駅が廃止されてからは人が少しずつ減っていき、現在ではゴーストタウンとなっているようです。
16.ポモナ(ナミビア)
(via gizmodo)
1910年ごろから開発が始まったダイヤモンド鉱山の町です。
当時はダイヤモンドがたくさんあり、1912~1914年のたった2年間で100万カラット(200kg)も採掘したといいます。現在はデビアスグループが鉱山周辺地域を買い取ったため、採掘は行われていますが住んでいる人はいません。
(via Pictures Theo Molenaar)
17.フェティエ(トルコ)
(via gizmodo)
18世紀中頃にできた村。ギリシャ正教の人だけが住んでいましたが、1923年にギリシャ正教の追放が行われ、村から人が消えたため、ゴーストタウンになりました。
(via Urbology)
18.オラドゥール=シュル=グラヌ(フランス)
(via fogaanarag)
戦争の爪痕を残す村です。第2次世界対戦でナチス・ドイツが、オラドゥール村の罪のない村人たち642人を大量虐殺し、マシンガンなどの銃器で村を破壊し尽くしました。
戦後、ここには新しい町が建てられる予定だったのですが、当時のフランス大統領がこの残虐な戦争の記録を残しておくべきだということで、そのままの状態で保護されています。
19.アグダム(アゼルバイジャン)
(via BTS Station)
全盛期は15万人もの人口を抱えていた都市でした。しかし、アルメニアとアゼルバイジャンとの間で、ナゴルノ・カラバフ自治州をめぐる戦争がぼっ発したため、住民全員の移住が余儀なくされました。
20.インバー(イギリス)
(via Boards)
第2次世界対戦の頃の1943年12月、連合軍がこの町をヨーロッパ大陸への侵攻準備に使うため、住民を追い出しました。
住民は町に帰ることは許されず、イギリス兵養成機関に残らなければなりませんでした。戦後においても国防省の管理下におかれたため、現在のところ住んでいる人はいません。
参考元:io9、matadornetwork
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