歴史上の偉人が所持していた有名な刀・剣(伝説の剣)

伝説にもなっている、偉人たちが所持していた刀や剣を12個厳選してご紹介します。

1.越王勾践剣(えつおうこうせんけん)

(via mymodernmet)

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中国・春秋時代後期(~紀元前465年頃)に呉を滅ぼし、越の王となった勾践(こうせん)が作らせ、保有していた非常に精巧な銅剣です。越王勾践剣は全部で8本あるとされていますが、現在見つかっているのは1965年に中国の湖北省で発見された1本だけです。

この銅剣は、2500年以上も前に作られた剣にも関わらず、一切サビが無く、ほぼ完璧な状態で出土しています。当時最先端の技術であった防サビ加工が施され、切れ味も良く、考古学者が指で刃の先端を触ってみると、血が出るほどだったといいます。

剣の大きさは柄を含めて長さ55.7cm、刀身は47.3cm、幅4.6cm、重量は875gあります。刀身はひし形の模様が刻まれ、トルコ石と青水晶、ブラックダイヤがはめ込まれています。

(↓剣には文字が刻まれている)

(via wikimedia)

また刀身には「越王勾践 自作用劍」と彫られており、越王勾践自身が作ったものだということが分かります。

2.サン=マルティンのサーベル

(via thechive)

サン=マルティンは、アルゼンチン出身の軍人で、南アメリカ各国をスペインの支配から解放し、独立に導いた英雄です。

(↓サン=マルティンの肖像)

(via wikimedia)

彼はこのサーベルを、南アメリカに向かう前にロンドンで購入しています。このサーベルは、片手握りで機動性に優れており、刺突向きであることから、接近戦では有利でした。それゆえ彼はこれを常に帯刀して戦地で指揮をとっていたと言います。

サン・マルティンは戦争から離脱した後も、この刀を大事に保管しており死ぬまで手放すことはありませんでした。彼の死後、サーベルは様々な人に渡りましたが、現在はブエノスアイレスの歴史博物館に保存されています。

3.七支刀

(via Ancient Origins)

4世紀頃、朝鮮半島南西部を支配していた百済が、当時の日本の君主に献上された刀です。全長74.8cmの鉄製の剣であり、左右に3本ずつの刃が出ています。全部で7本の刀があるため、七支刀と名付けられました。

刀の部分には、61文字が刻まれており、そこには「この刀を使えば、百兵を避けることが出来る。王が身につけるのにふさわしい」ということを意味する文字が書かれています。

この刀の形状や刻まれた文字から、戦闘用ではなく象徴的な物として用いることを考えて作られたとされています。

現在、七支刀は国宝に指定されており、奈良県天理市にある日本最古の神宮、石神神宮に所蔵されています。

4.ウォレスの剣

(via wikimedia)

英雄ウィリアム・ウォレス(1272~1305年)が所持していた剣です。ウォレスは当時、スコットランドを支配していたイングランド王エドワード1世に抵抗し、イングランドの呪縛からスコットランド人を解放したことで知られています。

この剣は、刀身(刃の部分)だけで132cmあり、柄も含めると168cmにも達します。重さも2.7kgあり、剣の中でも非常に扱いが難しく、巨体でなければ扱えない代物でした。それゆえ、彼の身長は2m近くあったのではないかと言われています。

(↓剣を持つウォレス)

(via wikimedia)

(↓柄の部分)

(via letterpile)

握る部分は黒い皮で巻かれ、柄頭(末端部分)はタマネギ型で金メッキが施されています。しかし、これらの柄頭やグリップは、ウォレスが持っていた元々の状態とは違い、全て取り替えられています。

これらの部位が取り替えられたのは、ウォレスが討ち取ったイングランド軍の指揮官、ヒュー・クレシンガムの皮ふが使われていたという悪い噂が広まっていたためです。

5.天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)

(↓三種の神器のひとつ、写真は天叢雲剣のレプリカ)

(via wikimedia)

※草薙剣(くさなぎのつるぎ)とも呼ばれています。

天叢雲剣の写真は、おそらくこの世に存在しません。実物は存在するものの、一般公開されておらず、見るとタタリがあるとされています。天叢雲剣は、熱田神宮の奥深くに神体として厳重に管理されています。

ヤマタノオロチから見つかった剣
(↓ヤマタノオロチを斬ったスサノオ、歌川国芳作)

(via wikimedia)

この剣は、神であるスサノオがヤマタノオロチを退治した際に体内から発見したと伝えられています。ヤマタノオロチが現れる場所にはいつも「雲がかかる」ということから、天叢雲剣という呼び名になったのです。

天叢雲剣は日本神話における最高神・アマテラスに献上され、その後アマテラスの孫であるニニギノミコトに三種の神器とともにゆだねられています。

(↓アマテラス、天照大神)

(via wikimedia)

元々の天叢雲剣は失われている。現在は2代目

このような伝説があった天叢雲剣は、1180年に起きた源平合戦の平氏の敗北をきっかけに失われています。平清盛の妻である平時子が、当時8歳の安徳天皇とこの剣を抱え、入水自殺をしたのです。

現在の天叢雲剣は、1210年に土御門天皇から順徳天皇へかわるときに伊勢神宮から送られたものであり、それを天叢雲剣として扱っています。

6.ティソーナ

(via wikimedia)

現在のスペインを創り上げた一人とも言われる英雄、エル・シッド(1040~1099年)が愛用していた二つの剣のうちの一つです。

彼は、かつてスペインの地に存在したカスティーリャ王国の貴族であり、イスラム教徒によって占領されたスペイン領土の奪回に一役買ったことで知られています。

(↓エル・シッドの彫像)

(via wikimedia)

エル・シッドは剣の道に優れ、卓越した戦略家だったとされています。彼が生涯所持してきた剣はたくさんありますが、その中で有名なのがコラーダとティソーナです。

ティソーナは、スペインで最も重要な遺物とも言われ、この剣で数々のイスラム教徒と戦ったとされています。現在では再現が難しい手法で創られたダマスカス鋼製であり、長さは103cm、重量は1.1kgあります。

(↓ティソーナ:今から1000年前頃に創られた)

(via polycount)

言い伝えでは、ティソーナには特殊能力が備わっているとされます。装備者によってその強さが変わり、敵としてふさわしくない相手に恐怖感を植え付けるというものです。エル・シッド以外が装備した際には、剣は弱体化し、本来の力を発揮することが無かったのです。

7.カーテナ

(via reddit)

(via wikimedia)

カーテナは、エドワード懺悔王(1003~1066年)が所持していた剣です。エドワード王はイングランドを1042~1066年まで統治しています。またキリスト教に対する信仰心の強さから聖人として崇拝され、伝説の人物として多くの書物で語られています。

(↓エドワード懺悔王、彼はアルビノだった)

(via wikimedia)

カーテナは刀身の先が欠けた剣であり、戦闘に使うことはできません。無慈悲の剣とも言われ、天使が殺生をやめさせるために、この剣を折ったという言い伝えがあります。

(中央がカーテナ。1820年に描かれたイラスト)

(via wikimedia)

現在、イギリスの戴冠宝器(たいかんほうき)のひとつとなっており、王がナイトの称号を与える儀式の際に使われています。

ただし、エドワード王が持っていたカーテナは、1638年に起きたピューリタン革命で失われており、現在あるのは作り直されたものだとされています。

8.ズルフィカール

(via wikimedia)

イスラム教の創始者であるムハンマドのいとこ、アリーが所持していた剣で、イスラム世界では伝説の名剣として知られています。

(↓剣を所持していたムハンマドのいとこ、アリー)

(via wikimedia)

ズルフィカールは、戦争の際にムハンマドから直接アリーへ手渡されたものです。刀身は三日月型で、先端部はハサミのように二股に分かれています。この剣は武器としてだけでなく、持ち主に幸運を呼び込み、超自然的な力を与えるタリスマンとしての力も保有していたとされます。

アリーは西暦656年以降、イスラム国家の指導者・最高権威であるカリフとして活動し、ムハンマドにも引けをとらないほど崇め立てられていました。

彼はカリフとしてイスラム教の布教を一心に行っていましたが、661年に毒を塗った刃で別のイスラム一派に襲われ、暗殺されています。

9.山下奉文の刀

(via forum)

山下奉文は日本の陸軍軍人で、第2次世界大戦の頃に活躍した人物です。彼は戦時中、イギリスの支配下にあったマレー半島とシンガポールを制圧し、防衛を行った司令官として有名です。

(↓山下奉文が腰に帯びていた刀)

(via wikimedia)

勇猛果敢なふるまいから、「マレーの虎」とも評され、国民的英雄として多くの日本人に崇拝されていました。しかし第2次世界対戦の終結とともに、アメリカからマニラ大虐殺とシンガポール華僑虐殺事件の責任を問われ、絞首刑に処せられています。

剣について

(via williammaloney)

彼は陸軍軍人として活躍している間、刀鍛冶の巨匠として名の知れた藤原兼永の刀を腰に巻いていました。藤原兼永は、日本初のステンレス刀の生産に成功した人物であり、その刀の強靭さ、鋭利さから高い評価を受けていました。

(↓柄の部分)

(via e-biznes)

1945年、日本の降伏にともない、山下氏はこの刀をアメリカの陸軍元帥であるマッカーサーに差し出しています。それからこの刀は、アメリカのウェストポイント軍事博物館へと寄贈され、現在もここで展示されています。

10.ジョワユーズ

(↓ルーブル美術館に展示されているジョワユーズ)

(via wikimedia)

かつて西ヨーロッパのほぼ全域を支配していたフランク王国の国王、カール大帝が所持していた剣です。彼は西暦768年から46年の間フランク王国を統治し、53回にも及ぶ軍事遠征で領土を拡大して一大勢力を創り上げました。

フランク王国から現在のドイツ・イタリア・フランス等、ヨーロッパ各国の成立へとつながっていったことから、彼は「ヨーロッパの父」とも言われています。

【↓ジョワユーズを右手に持つカール大帝(742~814年)】

(via wikimedia)

ジョワユーズは戦闘用のみならず、ナイトの称号を与える際に使う儀式用の道具として使われていました。

彼の死後、ジョワユーズがどこへ行ったのかについては、本当のところ分かっていません。ジョワユーズの剣と呼ばれるものは現在2つあり、ひとつはウィーンの帝国宝物殿に保管されているもの、もうひとつはルーブル美術館にあるものです。

ルーブルのジョワユーズに関してはツギハギの剣となっており、部位ごとに作られた時代が異なり、持ち手の部分(柄)だけがカール大帝の生きていた頃に作られていたことが分かっています。柄は金で装飾され、かつてはダイヤモンドが散りばめられていたとされます。

【↓金で装飾された柄】

(via Sword-Site)

11.ナポレオンの剣

(↓オークションにかけられたナポレオンの剣)

(via Warnet)

1798年に勃発したフランス革命後、フランスで軍事政権を樹立したナポレオンが所持していた剣です。ナポレオンは戦場で常に銃と剣を携帯していました。彼が戦場で身に付けていた剣の一つが、上の写真の剣です。オーストリアから北イタリアを奪回したマレンゴの戦い(1800年)の際に携帯していたとされています。

この剣は刀身が黄金でおおわれ、湾曲しており、持ち手にはナポレオンの好んでいたローマ帝国をモチーフにした装飾がなされています。

(via TheRichest)

マレンゴの戦いが終わった後、この剣は彼の弟に結婚祝いとして贈られています。彼の弟が亡くなった後も、剣は一度として失われることなくナポレオンの家系に受け継がれていきました。

そして2007年の夏、ナポレオンの剣はオークションにかけられ、6億4千万円もの高値で落札されています。

12.本庄正宗

(↓正宗の作品のひとつ、本庄政宗自体は現在行方不明)

(via QNM)

正宗は、13~14世紀の鎌倉~南北朝時代に相模国で活躍していた日本刀の職人です。刀鍛冶として世界的に最も知名度の高い人物でもあります。彼の作品の多くが国宝、あるいは重要文化財として厳重に管理されています。

(↓刀鍛冶の正宗)

(via wikimedia)

彼は相州伝と呼ばれる作風を確立し、後世の刀鍛冶に多大な影響を与えています。彼の作品は多数あり、いずれも名刀とされますが、その中で最も有名なのが「本庄政宗」です。

日本刀・本庄政宗は、戦国時代に活躍した猛将「本庄繁長」と自分の名前「正宗」から取ったものです。この刀は最初、本庄繁長の敵将の物だったと言われています。繁長が敵将を打ち取り、この刀を手に入れたことで、後にこのような名前が付いたのです。

(↓本庄繁長)

(via wikimedia)

本庄政宗は両手で握る長い柄に、切れ味の鋭い片刃が付いています。刀の部分には、きわめて美しい刃紋(波模様)が入っており、多くの将軍を魅了したと言われています。

本庄政宗は繁長が死んでからも、将軍から将軍へ数世紀に渡って受け継がれていました。最後にこの刀を受け継いだ有名人として知られているのが、徳川家正です。

家正の死後も徳川家の管理下に置かれ、1939年には国宝として認定されていますが、1945年の終戦にともなってGHQにこれを奪いとられています。

それ以降、この刀は行方不明となっており、現在でもその行方は分かっていません。

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