人生で一番怖かったトラウマ体験(実話8つ)

海外の人達がシェアしたトラウマになるくらいに恐怖した体験をご紹介していこう。全8つ。

(via havis)

身長195cm、体重104kgの男が、舌の下に手錠の鍵を隠して警察の拘束から逃れた。男はその鍵で手錠を外し、警察の移送車のドアを蹴り上げ、移送していた女性警官を殴り倒した。

さらにこの男はその女性警官の銃を奪い、偶然近くにいた私と友人の自動車を乗っ取った。そのときに男は、.357マグナム弾を至近距離から友人と私の顔に撃った。

銃弾が頸動脈を切断し、友人は即死した。奇跡的に、私には銃弾が当たらなかった。私はこの男からなんとか逃げ切ることができた。

この男は今、死刑囚になっている。

 
スポンサーリンク

(via pxhere)

一番恐怖したのは、1歳の妹がプールの底に沈んでいるのを発見したときです。

妹は、私たちが泳ぎに行くという話を聞いて、私たちが着替えている間にこっそりプールに入ってしまったようでした。どうやってプールに入ったのか、どうやって私たちの目を盗んだのかは、わからないままです。

妹を救助した父は、狂ったように車を走らせ、病院に向かいました。
・・・
妹は今13歳です。

 

(via ArrowmaxMusic)

どこにあるかも分からない見知らぬアパートで、男にナイフを突きつけられながら性的暴行された。私の遺体は腐るまで見つからないだろうと半ばあきらめていた。

 

(via denvorpost)

私は複数の銀行で働いたことがありますが、武装強盗を2回経験しました。1回目の強盗では、その支店で働き始めたばかりで、オフィスに男性は私だけでした。

銀行のドアの前に車が止まり、スキーマスクをかぶった2人の男が銃を持って飛び出してきました。私はそこに勤めて4日目でしたが、オフィスに男性が一人しかいなかったので、彼らは私をマネージャーだと思い込み、まず私の顔に銃を突きつけました。

私はすぐに「私はここで働き始めたばかりなので、現金は持っていません」と言うと、彼らは私の隣の窓口に移動しました。

彼らが現金の引き出しを開け閉めしている間に、私は強盗がまだ子供(10代後半から20代前半)だと見当をつけました。私が強盗の一人をジロジロ見ていたら、もう一人の強盗がそれに気づき、「あいつ
を殺せ」と言ってきました。

その強盗は、私の頭に銃を突きつけてきたので、私の人生はこれで終わりなのだと思いました。

私たちは、オフィスにいた年配のお客様1人と一緒に金庫室に連れて行かれ、銀行監督者の女性と一緒に現金倉庫を開ける間、全員が地面に寝かされました。ところが彼女(監督者)は、金庫を開けるには2つの鍵が必要だと言い始め、もう1つの鍵はランチに出かけた人が持っていると言いましたが、それは嘘でした。

金庫室に入っている端金のために、私たち全員の命を危険にさらしたあの女性を私は決して許しません。

とにかく、彼らはそれであきらめてくれて、少額の現金を持って帰りました。彼らは車に飛び乗ってビルの裏手に回り、待っていた逃走用の車に乗り換え逃げました。 警察が駆けつけるまでに30分ほどかかりましたが、人質を取られるような事態にならなかったのは、本当に良かったです。

その後、そこの仕事を辞めて別の銀行に行ったのですが、そこで2回目の強盗に遭いました。2回目の強盗の後、私は本当にショックを受けていました。

少し人種差別的になり(2回の強盗はいずれも黒人でした)、溜まった怒りを発散させるために、外に出て黒人を見ると喧嘩をふっかけたくなりました。実際に喧嘩したことは今までに一度もありませんが・・

 

(via Inside Edition)

3歳の娘が物をつまらせて、気道が完全にふさがり息ができなくなりました。私はそれを取り除くためにあらゆる方法を試したのですが、どれもうまくいきませんでした。

私はパニックになって、人差し指をできるだけ娘の喉奥に入れて障害物を取ろうと必死になりました。

そしたら娘が咳き込んで、障害物を嘔吐し、泣き出しました。今でもこのことを思い出すと胸が苦しくなります。

 

(via pixabay)

私は17歳の時、午前3時に仕事を終え、人気のない帰路の途中、銃を突きつけられて強盗に遭いました。

その男は「おまえを撃つのは怖くない、今生きているのは幸運だな」と言って、私の財布を奪った後、「後ろを向いて通りの向こう側に歩いて行け、振り返るな、おまえが今夜死ぬかどうかは俺が決める」と言いました。

私は恐ろしくてパニックになりながら、通りの向こう側まで歩いて行きました。ビルの角を曲がったところで、それっきりその男と二度と会うことはありませんでした。

 

(via jadams92)

数年前のことですが、以前勤めていた会社でシステム管理者として残業していました。残業していたのは、勤務時間外にファイアウォールなどをアップデートする予定になっていたからです。

午後9時頃、ビルの電気はすべて消えました。暗闇の中でキーボードを叩いていると、ドアのところに赤く光る2つの球体が浮かんでいるのに気付きました。

私はあまりに怖くて、金縛りに襲われたように動けなくなりました。

2つの球体は揺れていて、まるで威嚇しながらゆっくりと私に近づいてきます。机の前に座っている私は、自分に「何かしなきゃ」「何かしなきゃ」と言い聞かせて、何もできずにいるうちに、だんだんそれが近づいてきました。それらはまるで、私の魂を見つめているようでした

ようやく私の体が動き、椅子から飛び退いて、悲鳴を上げることができました。オーブはまだそこに浮かんでいて、今では私の机から数mのところにあります。私は電気のスイッチに近づき、オフィスを占拠した悪魔に立ち向かう準備をしていました。

(via fabulouspartyware)

驚いたことに、この夜の恐怖はヘリウムで満たされた誕生日用のアルミ風船に過ぎなかったのです。ドッキングステーション(パソコン機器)の地獄のような赤いLED光を反射して、オーブのように見えていただけでした。

そしてエアコンの吸気が、同僚のオフィスから私のオフィスまでこれらの風船を引き寄せていたのです。私は人生で最も恐ろしい瞬間を克服したのですが、達成感を覚えるどころか、まったくもってバカバカしい気分になりました。こんなことは、同僚の誰にも言えません。

 

(via texas)

酒を飲んだ後に目が覚めた。すると私の部屋に弟がいたので、「どうした?」と聞いてみた。弟は「ネクタイを探している」と言ったんだ。

その言葉を聞いて、私はそのまま寝てしまった。30分後、母が入ってきて、弟が電話に出ないと言って私を起こした。

私はすぐに目を覚まし、銃を探した。弟は数年前からうつ病と闘っていたのだが、なぜか私の銃を持って行ったという予感がした。

しまっていた銃はなくなっていた。両親に銃がなくなったことを伝え、父と私は車で弟を探し始めた。昔よく行っていた場所に行ったり、まだ街にいる友人を訪ねたりした。1時間かけて探し、弟の携帯電話に必死になって電話をかけた。

その後、2人の警察官が亡くなった弟を見つけた。人生で最悪の日だった。

これは7年前の出来事だけど、今も当時と同じように心が痛む。弟のことを考えない日は一日もない。

人生の大きなイベント、友達との抱擁、お酒を飲むたびに、何よりも愛する人がもうここにはいないことを思い出す。人生がどんなにつまらないものであっても、恐ろしく苦しくて混乱するものであっても、生きているだけで素晴らしいことだ。

 

スポンサーリンク



物語

Posted by uti