65人が死んだ。呪いがふりかかる呪物7種類

1.バズビーズチェア

(via Speaker’s Corner)

このイスに座った者が続々と死んでいる。既に65人が亡くなっているのだ。ある者は自殺で死に、ある者は事故で死んだ。
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62人目の犠牲者である記者のジョナサンは、座ってから2時間後、バスルームの床に足を取られ、頭をバスタブにぶつけて死亡した。

63人目は、1時間後に自動車事故。

64人目は、30分後にエレベーターから落下して死亡。

65人目は、野犬に襲われた。

これらの事件はとても偶然とは思えない。「呪い」と言わずして、この現象を説明することはできそうにない。

呪いの種

(via Wikimedia)

呪いを産んだのは、バスビーと呼ばれる男だ。彼は大酒飲みで偽札を作って生計を立てていた。

彼は村の美女であるエリザベスと結婚したが、彼女の父親には反対されていた。ある日、バスビーが家に帰ると、彼女の父親がバスビーのお気に入りのイスに座って待っていた。

父親は娘を連れ戻すとバスビーに言った。バズビーは自分のお気に入りのイスに彼女の父親が勝手に座っていること、そして何よりもエリザベスが連れていかれることを許せなかった。

バズビーはその夜、彼女の父親の家に潜り込み、ベッドで眠っていた父親を絞め殺した。

その犯行は、すぐに明るみ出た。彼はエリザベスと共に過ごしていた自宅前で絞首刑に処された。

それからだった。彼のイスに座った者が、亡くなり始めたのは。

2.苦悩に満ちた男

(via iyakan)

この絵画は、動画として怪奇現象が記録されている数少ない呪物である。

絵画を所有しているのは、イギリスに住むショーン・ロビンソン。彼がこの絵画と出会ったのは子どもの時だった。

ある時、祖母の家の地下室を探っていると、恐ろしい顔が描かれた絵画を見つけた。とても不気味だったが、目を離すことが出来ず、何時間も見つめていたことを彼は覚えている。

それから祖母が死に、彼女の家がショーンに相続された。その時にこの絵画を自宅に持ち込んだ。それが怪奇現象の始まりだった。

絵画を自宅に持ち込んでからというもの、奇妙な音が聞こえたり、ドアが勝手に閉まったりする現象が起こり始めた。彼はその原因を明らかにするため、動画を撮影した。

そしてショーン本人が、この撮影した動画をYouTubeにアップロードした。

問題の動画:ドアが勝手に閉まる、カタンと音がなる怪奇現象(1:50~)

上の動画を見て分かる通り、確かに不可解な現象が起きている。

彼は、この絵画に関して調査を続けた結果、驚くべきことが明らかになった。

この絵画の作者は、これを描いた後、自殺していたのだ。そして、絵画は血が混ぜられた絵具によって描き出されていた。

3.レンブの像

(via digventures)

レンブ像は、「呪われた女神像」である。トルコ南部に位置するキプロス、レンブで1878年に発見された。

およそ紀元前3500年前に作られたとされている。女性の体がデフォルメされた形だが、何のために作られたのかは分かっていない。

しかし、たったひとつ明らかなことがある。それは、この像の持ち主と、持ち主の家族が立て続けに死んでいるということだ。

持ち主の家族もろとも呪い殺された

最初の持ち主はエルフォントという男だった。彼がその像を手に入れてから、6年以内に家族7人全員が死んだ。その次に渡ったのがメヌッチという男で、これまた4年以内に家族全員が死亡。

3番目の所有者も同じだった。そして4番目も・・・

その後、この像はイギリス・エディンバラの博物館に寄贈されることになった。だがこの時、像に触れた博物館の館長がまもなく亡くなった。

現在、この像は博物館のガラスディスプレイの中に収められている。見てみたい方は、エディンバラにあるスコットランド博物館を訪れて見るといいかもしれない。

4.アンナ・ベーカーのウェディングドレス

(via Seeks Ghosts)

この呪いは17世紀、アメリカ、ペンシルバニア州で起きた悲しい物語から産み出されたものだ。

アンナ・ベーカーは、製鉄で財を成したエリス・ベーカーの娘だった。彼女は、父親の製鉄工場で働く下層階級の男性と恋に落ちてしまう。

これは許されない恋だった。当時は、身分違いの恋などありえなかったのだ。父親は、当然二人の付き合いを認めなかった。

だが、アンナはその男を深く愛していた。いつか結婚できる日を夢見てウェディングドレスを買い、彼との甘くて愛おしい結婚生活に思いをはせた。

しかし、父親は頑固でその意志を変える様子がないどころか、彼を退職させ、アンナに近づくことを禁止した。

二人の恋は、父親の命令で終わりを迎えてしまった。彼女は悲嘆に暮れた。そして失意のまま、孤独に死んでいった。

アンナが死んでから、ドレスが揺れ動いたり・・

(via paranormaljunkie)

アンナの死後、彼女の住んでいた住居は、博物館へと変わり、ドレスは展示物として保管されている。

ドレスが展示されている場所の近くでは、不可解な現象が続発した。悲しげな声や音が聞こえたり、ガラスの箱に収められているドレスが揺れだしたりするのだ。

また、それだけではない。彼女がウェディングドレスを着て、悲しげに踊っている姿を目撃した人もいる。

5.マートルズ・プランテーション・ミラー

(via Wikimedia)

この鏡がある屋敷は、アメリカで1、2を争う心霊スポットである。

ここでは、多くの人が何かしらの念を現世に残して死んでいっており、少なくとも12人の幽霊がこの屋敷で目撃されている。

その幽霊の中で最も有名なのが、鏡の中に現れる農場主の妻サラ・ウッドラフとその2人の子どもだ。3人は、かつて奴隷であったクロエに殺害された。

奴隷が主人の家族を抹殺

クロエは、大農園で農作業をするために雇われた奴隷だった。彼女の若く美しい容貌は、主人に気に入られ、まもなく家政婦として家事を任せられるようになった。

クロエは奴隷の中でも恵まれていた。彼女は、この地位を誰にもゆずりたくなかった。だから彼女は主人に取り入って、ベッドで一夜を明かすようになった。主人も若い体に飢え、女好きであったから拒むことはなかった。

だが、主人は飽き性だった。そのうちに、クロエは他の奴隷と同じように扱われるようになっていった。彼女はもう野良仕事はしたくなかった。

クロエはそこで邪悪な発想にいたる。彼の家族を病気にしてしまえば良いのではないだろうか。そして、一生懸命看病して病気を治せば、主人はまた私を気に入ってくれるのではないかと考えた。

そこで彼女が実行したのは、家族の子どもの誕生日に、毒を混ぜ込んだケーキを食べさせることだった。だが、そのケーキに入った毒は致死量を超えており、母親と子供2人が死んだ。

クロエが川に沈められる

クロエは、殺したことを他の奴隷に話した。だが、それを聞いた奴隷たちは、彼女の予想に反する行動に出た。クロエをリンチし、巨大な石に彼女の体をくくりつけて川の中に沈めたのだ。

奴隷たちは「クロエを殺してしまえば、主人が私達に目をかけてくれるかもしれない」と考えて結託したのだった。

それ以来、農園にはクロエの幽霊が徘徊するようになった。それだけではなかった。主人の家族である妻と子どもたちまで鏡の中に現れるようになったのだ。

6.ディブクの木箱

(via Historic Mysteries)

この木箱にはユダヤ人たちの間で信じられている、ディブクという悪魔が取りついている。この木箱の所有者は、悪魔憑きとなり、災厄をもたらした。

この呪物に関する話はかなり有名で、これをモチーフにした映画「ポゼッション」が2012年に放映されている。

ホロコーストの生き残りが所有していた木箱

プロのライターであるマニスが、この木箱に出会ったのは2003年のガレージセールの時だった。彼はその木箱を購入した。

売り主にこの木箱の素性を聞くと、ホロコーストの生き残りだったおばあちゃんがスペインで買って、家宝として大事にしていた物だと言う。

彼はそれを聞いて、「あなたの家の家宝なら返します」と言ったが、その孫娘が「もういらないから」と厄介払いするような様子で強く拒否した。

木箱を手に入れ、封印を解いてから災厄が起こり始めた

【木箱の中身】

(via Freaked)

マニスは、木箱を好奇心から開けてみることにした。中には1920年代の1セント硬貨、ヒモでまとめられた金髪、黒髪、茶髪がそれぞれ一房入っていた。その他にも、ヘブライ語が刻まれた小さな像と金色のゴブレット、バラのつぼみなどがあった。

木箱を開けてからというもの、彼とそして彼の母親におかしなことが起こり始めた。

彼は魔女のような、悪魔のような醜い老婆が出て来る悪夢に苦しみ続けた。母親は、脳卒中を起こして死んだ。

ebayで売り飛ばされ、不幸の連鎖へ

マニスは、木箱を所有することに耐えられず、ebay(オークションサイト)で他の人にゆずった。これを買ったのは、博物館の理事であったジェイソン・ハックソンという男性であった。

彼にも不幸が訪れた。悪夢を見るだけでは済まず、吐血し、皮ふ病にかかったのである。ジェイソンは、この悪魔と闘うため、ユダヤ教の指導者であり霊的世界に詳しい学者(ラビ)に相談した。

彼は悪魔を木箱の中に封じ込めることに成功した。それ以来、不吉なことは起こらなくなったという。

7.クライング・ボーイ

(via Blumhouse)

この絵画に関する呪いは、イギリス中で有名な話だ。それは、イギリスで最も有名な新聞、ザ・サンが報道したからだ。

1985年9月、エセックス州の消防士が、火事にあった家の多くに、この絵画が損なわれずに残っていると訴えた。すでに火事が起きた15軒以上で、この絵が燃えずに見つかっているというのだ。

【ザ・サンの報道】

(via Exemplore)

この男の子の絵画は複数種あり、いづれも同じアーティストが描いた大量生産品で、イギリス中で5万部売れていた。そのため、大手紙の報道によりこの絵画を所有していた住民はパニックに陥った。

そのときには、この絵画を捨てたり、傷つけたりすると呪いがかかるという噂も広まっていたから、どうすることもできなかったのである。

騒ぎの発端となったザ・サン紙は、この報道をした責任を取って解決策を提案した。この絵画を引き取って、消防隊の監視のもと、焼却することにしたのだ。

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オカルト

Posted by uti