古代中国の信じられない嫌すぎる事実(尿漬け卵等)

古代中国において、皇帝や皇后が黄金の宮殿でぜいたくな生活を送っていた話はよく聞くかもしれないが、それ以外の人たちについてあまり語られることはない。

古代中国の一般人は、農業で生計を立て、質素な食事を食べ、生きることに必死だった。そして時には胸の悪くなるようなことが慣習になっていた。今回は、古代中国の一般人に焦点を当て、当時行われていた信じられないことをご紹介していこう。

1.少年の尿で煮込んだ卵(童子蛋)を食べていた

(via Gizmodo)

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童子蛋(どうじたん)は、中国の東陽市で数世紀前に生み出された卵の保存食である。中国の伝統医療では尿は薬とみなされており、しかも容易に採集できたことから、尿を用いた卵の長期保存法が発展していくことになった。

尿は一般の子どもから採集されるが、最も望ましいのは10歳以下の思春期を迎えていない男児のものである。そしてこの尿で卵を何度も煮ると出来上がるのが童子蛋である。

煮詰めていくことで、尿の塩分が卵の水分を奪い、長期保存が可能な食料となる。繰り返し煮る際に、使用済みの尿を定期的に新しい尿に変え、香りづけにハーブを入れることもある。

現在でも、普通の卵の倍くらいの値段で売られている

(via gadgetreview)

信じられないことに、現在でも食されている。童子蛋は東陽市の伝統料理であり、中国では公式に「無形文化遺産」に認定されている。屋台に行けば普通に買うことができ、1つあたり約25円である。これは通常の卵の2倍ほどの値段である。

味は臭いが気になるものの、おしっこ由来の塩味が効いていてそれほどまずくないという。白身はゴムのように硬くなっているが、黄身の部分は硬めのゆで卵と変わらない味だそうだ。

童子蛋に用いられる尿は、地元の男子小学生などから採集されている。製造業者は市内の小学校の廊下にタライを設置しており、子どもたちは用を足す際に、このタライにするよう指導される。また家族に子どもがいる場合には、家庭で自作することもあるそうだ。

尿の薬効は医学的に認められていない

中国の伝統医療では、尿を乾燥させて結晶化したものが漢方薬となり、炎症や熱射病、皮膚や口内の真菌症、ぜんそく等に効果があると信じられていた。だがこれらの薬効に対して医学的な根拠はない。むしろ衛生上の問題から、多くの医師が童子蛋の摂取を控えるようすすめている。

2.男性は、女性の変形した小さな足(纏足)を愛でた

【纏足の女性】

(via wikimedia)

写真の女性は纏足(てんそく)にさせられた女性であり、この恐ろしい風習は10世紀頃から20世紀初期まで行われていた。纏足は、幼児期に足の親指以外の指を折り曲げ、布で強くしばることによって変形させる。変形の過程は激しい痛みをともない、ときには夜も寝られないほどであったという。

【纏足の女性の足】

(via ITV News)

纏足は19世紀頃に流行のピークを迎え、中国人女性の40~50%、上流階級の女性においてはほぼ100%が施術を受けていたと推測されている。

纏足は、女性の最もセクシーな部位(象徴)だった

(via wikimedia)

今では考えられない文化だが、当時は小さい足の女性が美しく、性的魅力があり、女性の体の中で最もセクシーな部位であるとされた。纏足の女性はよちよちとしか歩けないので、その歩き方や仕草が弱々しさを感じさせ、男性の性欲を駆り立てたとされる。

男性は纏足をした女性と夜の営みに励む場合、前戯としてその纏足を愛でることから始めた。清代には、「纏足の愛撫方法48手」を記した性技指南書が発刊されていたほどである。

3.自分のシラミを食べることがあった

(via yukle)

今ほど入浴することが出来なかった時代、多くの人がシラミに寄生されていたという事実は驚くに当たらないだろう。シラミがあまりにもまん延していたため、古代中国の医者はこのシラミで診断を行っていたほどだ。

中国初期の医療文書には、患者の体のいたるところにシラミが這い回っていれば、その患者は生き残り、そうでなければネズミが沈みかけの船から逃げるように、まもなく死ぬことになると記されていた。

特に中国の貧民がシラミに寄生されることは、あまりにもありふれた日常だった。そして多くの者が強迫的に髪の毛からシラミをつみ取り、それを食べていたとされる。シラミを食べ過ぎる者に対して、治療が行われていた記録も残っている。

4.男たちは熱心に自ら去勢を行った

【唐の李賢に仕える去勢者(宦官)たち】

(via wikipedia)

中国では4000年以上前から、去勢した者のみが皇帝に仕えることのできる宦官(かんがん)という職業があった。最初のうち、この職業は刑罰として去勢されたり、異民族の奴隷が去勢されてなるものだった。しかし皇帝の側近として力を持つ宦官が現れるようになると、自主的に去勢して志願する事例も出てくるようになった。

一般階級であったとしても、宦官になればある程度の生活は約束された。それに加え、貴族階級を除いて正規の官僚として高位に上るには、極端に競争の激しい採用試験(科挙)に合格する必要があったため、自分の性器を刃物で切断して志願する者が後を絶たなかった。

【皇后を運ぶ清代の宦官:1908年以前】

(via wikipedia)

10世紀の五代十国時代の南漢国では、宦官が重用され、総人口100万人に対して宦官が2万人いた。国民の男性の25人に1人が去勢していたのである。ピークを迎えたのは14~17世紀の明代で、宦官の数は10万人に上った。

だが募集人数の関係で、去勢を行っていても宦官に採用されない者も数多くいた。また去勢の手術自体が命がけで、術後3割近くが死に、後遺症を残すものも少なくなかった。職にあぶれた者は、最終的に通りで乞食として物乞いする生活を送らざるえないこともあった。

5.豚小屋に便所を作り、ブタに大便を食べさせていた(豚便所)

(via wikipedia)

約2500年前の秦代に普及した豚便所は、便所と豚小屋が一体化したものである。豚小屋の上に落下式の便所を設け、人が用を足すとブタの餌入れに落ちる仕組みになっている。

【漢時代の豚便所の模型(西暦25~220年)】

(via wikipedia)

ブタは尿を好んで飲むことはないが、大便についてはある程度食べた。特に古代の中国人は、野菜をよく食べていたので、未消化の野菜成分が含まれており、ブタはそれを栄養として取り入れることができた。

豚便所のブタは、エサを全て人糞でまかなっていたわけではなく、エサの一部であって藁なども与えられていた。この便所が普及したことで、新たな市場も生まれた。豚便所のし尿を回収して、安価な肥料として販売し、一儲けする農民たちが現れたのである。

【20世紀初期の豚便所(沖縄)】

(via wikipedia)

現在も一部の古い集落には、豚便所が残っている。また大正時代まで沖縄や奄美諸島にもこのような豚便所が存在した。

6.人糞は薬として使われていた

(via Wikimedia )

西洋医学が20世紀に糞便移植法を発明する遥か昔から、中国では健全な人糞に含まれる腸内細菌を取り入れる治療が行われていた。紀元前4世紀頃の古代中国の医者は、発酵させた健康な人の糞便を水に混ぜ、その”薬”を「黄色いスープ」と呼んだ。そしてそのスープを下痢の患者に一滴残らず飲むよう指導した。

実際にこれは良く効いた。健全な大便に含まれる善玉菌が、患者の腸に取り込まれ、悪玉菌を追いやったのである。現在でも同じ考えに基づき、偽膜性大腸炎の糞便移植が行われている。だが古代中国では単なる下痢の治療に使われていたことから、それを必要としない患者もこの胸が悪くなるような治療を受けなければならなかった。

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雑学

Posted by uti